The Japan Diabetes Society

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小野 百合 先生

小野 百合 先生

(おの ゆり)
― 続ける事が大切です ―
2016年6月 掲載
所属
小野百合内科クリニック
自己紹介
私は昭和 29 年に札幌に生まれ、小学校 ~ 高校も札幌で、北大を卒業しました。ほとんど札幌しか知らない人間です。
1日のスケジュール
朝 6 時 10 分起床 朝食 外来は副院長と交代なので、午前外来の日はそのまま出勤午前 8 時から外来、午後はカルテチェック、午後外来の日は振込など所用をすませて出勤、前日のカルテチェックを行い、午後は外来です。外来後に書類 etc 雑用をこなし、月・水・金は趣味の社交ダンスで汗を流します。帰宅後はワインか日本酒で夕食を肴にいい気分です。
 
小野百合内科クリニック (待合室)
小野百合内科クリニック (待合室)
経歴とその時々のこと
高校時代はクラスに女子学生は 7 名、北大時代も入学時女子 3 名で男女差をほとんど感じずに過ごしていました。しかし、大学卒業後、いざ入局の段階なると、男子学生は寿司や飲み会などの入局勧誘が盛んでしたが、女子学生の私にはほとんど入局勧誘はなく、女性は迷惑という雰囲気がただよっていました。それで、大学時代のクラブの先輩に相談して、私から北大第 2 内科へ入局させていただきました。この時、はじめて、男女格差を感じました。入局後半年後に伊達赤十字病院へ赴任しました。この 1 年間は、人生で一番勉強しました。外来・回診終了後に医局でその時の患者の勉強をして、また、病棟に戻りカルテを書いて、また医局で勉強し零時位に官舎へ帰宅の毎日でした。その後は通常は帰局→実験→博士号取得の流れでしたが、帰局して医局の方針に従っても多分、男女格差があるだろう、ならば好きにと思い、教授(中川 昌一 先生)の自宅までおしかけてお願いして、伊達赤十字病院時代の上司が神経内科医で神経障害に興味があったため、北大神経内科へ院内留学させていただきました。教授はあきれていたと思います。神経内科は新しい診療科で、米国式の教育に近く、患者さんとの面談の仕方、学会発表の仕方など医師としての全てを教えていただきました。神経内科専門医も取得してこのまま神経内科へ留まろうかと心が揺れていましたが、廊下で中川先生にお会いした時、「もうそろそろ戻る頃だね」と声を掛けていただき第 2 内科へ戻りました。今でもありがたいと思っています。次の市立病院のレジデントに行くまで半年の時間が中途半端であり、この間、医局の過去 5 年分位の膠原病、血液、腎臓、消化器、糖尿病、内分泌各グループの入院カルテを見せていただきサマリーを作り勉強しました。これは非常に勉強になりました。その後、市立札幌病院のレジデントを 2 年、その後 10 年間は国家公務員等共済組合 斗南病院(糖尿病内科医長)で、初めて糖尿病診療に専念し臨床研究を開始、その研究で博士号も取得しました。この頃内科専門医・糖尿病専門医も取得しました。その後 10 年間は札幌社会保険総合病院(糖尿病内科部長)で後輩や糖尿病スタッフと一緒に臨床研究を続けました。平成 16 年、たまたま、糖尿病グループの先輩の先生からクリニック継承のお話をいただいて、ここが転換期かなとそのまま継承開業致しました。現在 13 年目です。
妊娠・出産・育児のこと
第 1 子は昭和 58 年、市立札幌病院のレジデント終了間際に出産しました(計画妊娠です)。レジデントで回る予定の腎臓内科を回らずに代わりに産休に入り、 4 月から大学へ復帰しました。斗南病院勤務中の次の妊娠では妊娠中に無理をして流産をして後悔しました。その後、昭和 63 年あきらめていた頃に第 2 子を妊娠しました。その頃女性は妊娠すると医局の先生から「ほっちゃれ =北海道の方言で、産卵を目指し川に登りヨレヨレになった鮭のこと。食べても美味しくなく、捨てるしかないことから“ ほっちゃれ ”という」と呼ばれました。当然歓迎されませんでした。産前 6 週、産後 8 週の間、応援の医師がなく、上司と同僚の先生には迷惑を掛けたと思っています。自宅の隣が保育園で、第 1 子の手を引き、第 2 子は籠に入れて、預けて出勤→迎えは母が行ってくれました。あと、結婚した時から家事を 3 回/週 手伝ってもらっていました。給与のほとんどを保育園代と家事を手伝ってくれている方への支払いという時代もありました。家に他人が入るのはあまり気にならず、子供の世話も頼んだことも有ります。あっという間で、二人とも現在社会人です。
メッセージ
糖尿病内科は体力・筋力勝負でないので、また、家事、妊娠など生活に寄り添う事もでき、女性に向いていると思います。産前 6 週間は体系的な勉強や論文執筆など最も勉強できる時期で、是非この間に勉強して下さい。世の中には男性と女性しかいないので、「女性」というひとくくりでこう有るべきという事はないと思います。しかし、キャリアを途切れさせると戻るには勇気が必要です。キャリアは途切れさせない様に多様な形で仕事を続けて下さい。

更新:2016年6月14日