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それぞれのストーリー

林 哲範(Akinori Hayashi)

林 哲範(Akinori Hayashi)

 

所属

北里大学看護学部 基礎看護学 教授/北里大学病院 糖尿病・内分泌代謝内科

自己紹介

2005年に北里大学医学部を卒業後、北里大学病院で初期臨床研修、川崎市立川崎病院内科・総合診療科で後期研修を経て、2011年から北里大学医学部内分泌代謝内科学、総合診療医学に所属し、臨床、研究に行ってきました。2017年に学位を取得し、2019年から1年4か月ほど米国ミネソタ大学ツインシティ校小児腎臓病学に留学しました。2020年に帰国後、北里大学医学部臨床検査診断学、内分泌代謝内科学を経て、2024年4月から現在の北里大学看護学部基礎看護学の教授に就任いたしました。

今回、日本糖尿病学会「海外留学のすすめ」のお話をいただき、お話をいただいた先生に「私の経歴や留学の経験は参考にならないと思います」と一度お伝えしたのですが、あまり一般的でない分、ひとつのストーリーとして楽しんでいただければと思います。

留学する前のお話

初期研修医時代に結婚し、翌年に娘が生まれ、2008年に後期研修を終え、北里大学病院に戻り、臨床を中心に従事していました。その当時、当院では日本でも先行して持続グルコース測定(CGM)を用いた臨床研究をしており、携わらせていただきました。また、 守屋達美先生(現北里大学健康管理センター教授)のもと、糖尿病性腎症の研究に携わらせていただきました。CGMを用いた臨床研究として1型・2型糖尿病のみでなく、糖代謝異常合併妊婦や透析患者も対象に取り組み、後述しますが透析患者のCGMはライフワークになっています。余談ですが、私の日本糖尿病学会のデビューは地方会で発表をせず、2010年に岡山で開催された第53回日本糖尿病学会年次学術集会でした。そのときの演題もCGMによる血液透析患者の血糖動態の評価で、当時CGMはごく一部の施設が研究目的で実施しているのみで、批判的な意見も多かった記憶があります。しかし、CGMにより低血糖を含め多くのことが捉えられることが将来きっと役に立つだろうという思いで現在まで継続してきました。

当時は、大学に残って臨床・研究を継続するか、開業するか、留学するか、自分の将来像は全く描いていませんでした。このため、一つの目標として、自分の所属学会で学会発表だけでなく、論文発表を行うことを目標にしました。当時、日本糖尿病学会を含め6つの学会に入会しており、ひとつずつ目標をクリアしていき、日本糖尿病学会の「糖尿病」には2012年にCGMを用いた糖尿病血液透析患者の血糖動態の検討を報告できました。

2010年に前教授の七里眞義先生が着任され、ご指導のもと、新規バイオマーカーの探索研究も始め、CGMの臨床研究の継続、内分泌疾患や糖尿病足病変など興味を持ったことを一つ一つ勉強し、研究的視点も交えて取り組んでいました。大学院には行かず、北里大学の論文博士の制度で2017年に学位を取得しました。そして転帰があったのは2017年の年末でした。CGM関係の講演会後、七里教授と某大学のN教授と食事させていただいた際に、N教授が「先生みたいな人は一度留学した方がいい」とおっしゃり、七里教授も賛同しました。このまま大学で今やっていることを続けるだけでいいのかと思っていた部分もありました。2018年に初めてADAでポスター発表をし、その際に守屋教授が留学先で一緒だったLuiza先生にお会いし、ミネソタ大学小児腎臓病学のMichael Mauer先生に留学の相談をしていただき、一旦無給でよければと内諾をいただきました。家族とも相談し、ただすでに30代後半になっていたので、申請できる留学助成金もほぼなくいろいろ悩みました。1つだけ出せた留学助成金が奇跡的に通り、再度家族とも相談し2019年4月からミネソタ大学小児腎臓病学に留学しました。

留学中から留学後のわたし

留学後はまずset-upに奮闘しつつ、娘は現地校に、妻は現地の英語学校に通い始めました。私も少しずつ研究に着手していきました。当時のMauer先生の研究室は定年退職後の延長で運営されており、留学で来ていたのは私だけであとはテクニシャンが3人ほど、研究内容としては糖尿病性腎症の組織-機能連関の研究で、日々電子顕微鏡で腎組織像を撮影し、パソコンで計測を行っていました。このためMauer先生、Luiza先生を含めた週1回のmeeting以外、黙々と腎組織像を見ていました。一方で米国の臨床現場もみたかったので、週に半日、Luiza先生の外来の見学も始めました。そこで日本にはないインスリンポンプやCGMも見ることができ、米国での糖尿病デバイス診療に触れる機会も持つことができました。留学前は帰宅時間も遅く、中々家族との時間もありませんでしたが、留学中は仕事後や休日に近くの公園に行ったり、たまに遠出したりと家族での時間を楽しむこともできました。

2020年に世界的にコロナがパンデミックになり、ミネソタ州でも感染者の報告が出ました。その後直ぐに同じフロアの別の研究室で感染者が出て、原則大学、研究室に行けない生活になりました。さらに2020年5月に住んでいたミネアポリスで警察官による黒人殺害(George Floyd事件)があり、直後はスーパーなどで暴動もありました。2020年から現地で給与をいただいていましたが、その後給与のもとになる予定だった米国での研究助成金がコロナの影響で白紙になりました。このためMauer先生、七里先生と相談し、少し予定より早いですが2020年7月末に日本に戻ることにしました。

留学中の研究はコロナの影響もあり、残念ながら現時点で形にできていません。日本に帰国後、CGMを含めた先進デバイスの分野に従事し、血液透析患者のCGMを用いた研究に関しては、紆余曲折を経て2020年末にDiabetes Careにacceptいただけました。その経緯もあり現在、日本透析医学会の「血液透析患者の糖尿病治療ガイド改訂ワーキンググループ」の委員もさせていただいています。また留学前からも看護師、管理栄養士などのメディカルスタッフと多く仕事させていただいていました。CGMを含めた先進デバイスの活用にはメディカルスタッフの協力が必要不可欠で、かつ育成も必須だと考えています。その中で2022年に教授に就任された宮塚健先生にご推薦いただき、現職に至りました。

林 哲範(Akinori Hayashi)
コロナ禍のミネソタ大学のシンボル

振り返ると多くの点で運がよかったと思います。ただ少なくとも「おもしろそうなことはとりあえずやってみよう」という思いと、患者さん、先生方との一期一会を大事にしてきた思いはあります。また自分がおもしろいと思えることを継続してきた思いはあります。それがこの運を引き寄せてくれたとも思います。留学を含め一つ一つの経験が現在の自分を構成していると思うと、日々の挑戦に前向きになれるのではないでしょうか?今回の内容が皆さまの新しい一歩にお役に立てれば幸いです。

更新:2024年5月24日

※所属は掲載当時のものです

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