藤谷 与士夫(Yoshio Fujitani)

所属
群馬大学生体調節研究所 分子糖代謝制御分野
はじめに
この度、北村忠弘先生から「未来の糖尿病研究者」というテーマで寄稿を依頼されました。未来の糖尿病研究者がどんな感じになるのか、とても難しい内容で、思うように筆が進まないのですが、自らの経験を振り返り、「未来の糖尿病研究者にむけて」というタイトルに変えて、これから糖尿病研究者になられる可能性のある、若い皆様方にむけたメッセージを書かせていただきます。
生体調節研究所について
私が所属している生体調節研究所は、わが国で唯一の内分泌・代謝学研究を専門とする附置研究所として活動しています。国内外のさまざまな研究機関と共同研究を行うことにより、この領域の研究を推進することが期待されています。糖尿病発症の中枢を担う膵島生物学や脂肪細胞に関連した肥満研究、ホルモン・神経系を介する代謝調節などいわゆる「古典的な内分泌代謝学」のみならず、ハエや線虫などモデル生物を用いた基礎細胞生物学や、オルガノイド生物学などの研究者も在籍し、10研究室というコンパクトな研究所でありながら、実にユニークな研究活動が展開されています。
私の研究歴
私が大阪大学の医学部学生の頃、基礎配属というカリキュラムがあり、基礎研究に興味を持つようになりました。卒業時には医師になるか基礎研究者になるか真剣に迷っていました。当時は新医師臨床研修制度が始まる前で、現在より自由度がありました。まずは、一年間はしっかり臨床研修をやってみようと考え、内科の全ての領域をトレーニングできる第一内科で研修をさせていただきました。基礎研究への憧れは、変わりませんでしたが、河盛隆造先生にお誘いいただき、糖尿病研究室に入局することに決めました。河盛先生は、何でもいいから、とりあえずやりたいことをやってみなさいと言って下さいました。そこで、糖尿病は一旦横に置いておいて、卒後2年目から平野俊夫先生(後の大阪大学総長)の教室に大学院生としてお世話になることにしました。IL-6のシグナルを核に伝える分子(のちのStat3)をクローニングするという、当時研究室で最も野心的な仕事を任されました。まさに寝食を忘れて研究に没頭することになりましたが、この分野はきわめて競争が激しく、僅差で競争に敗れてしまいました。Competitor達の論文はScience誌とCell誌にそれぞれ掲載され、私の学位論文はBBRCに掲載されました。研究の世界のスリルとともに厳しさを実感した瞬間でした。
平野研で次の別の論文をまとめた後、もう少し病気寄りの研究をしようと大阪大学第一内科の糖尿病・膵臓研究室に戻らせていただきました。そこで初めて糖尿病の研究を開始しましたが、大学院で学んだことが役立ち、自分で新たな論文をまとめることができました。当時京大教授に着任されたばかりの笹井芳樹先生に、お知り合いの、Pdx1(MODY4)を発見したChris Wright博士を御紹介いただき、アメリカ留学の機会を得ることが出来ました。バンダービルト大学では、膵臓の発生学に関する研究と家族との海外生活を満喫しました。その後、河盛先生、綿田先生のご高配で順天堂大学にポストを準備していただき、以後10年間は代謝内分泌内科学教室において臨床と研究に励みました。現在、群馬大学で研究室を主宰させていただいている上でも、留学時代と順天堂時代に培ったさまざまな経験や人脈が役立った事は言うまでもありません。

研究を行う意味
現在の臨床研修システムでは、後期研修を終え、専門医を取ってから研究を始める人が多いため、MDの場合、私のような変わり者は、今後はもう出てきにくいと思われます。しかしながら、多忙な臨床業務と両立させながらも、ハイレベルの研究をされている研究者の皆様が実際に日本には少なからずいらっしゃり、頭の下がる思いです。研究は上手く行かないことの方が圧倒的に多くて辛いことも多いのですが、何か新しいことを見つけたときのワクワク感は、そのような辛さを忘れさせてくれます。若い先生の多くは、まずは専門医を取り、その先にその道の専門家として活躍されることを目指されていることでしょう。それはとても大切なことです。ある時、大学で「僕は医師になるために医学部に入ったので、時間の無駄になるので研究はしたくない。」と言う若手医師が居ました。そういう考え方もあるかもしれません。ただ、臨床家として病態を考える上でも、研究した経験から得た知識や考え方、論文の読み方等はきわめて有用だと思われます。大規模臨床研究の解釈についても、研究経験のあるなしで大きく異なることでしょう。従って、研究を数年間行うことは決して無駄とは思えません。

若い人たちへ
現在の私の役目としては、若い人たちに研究がいかに面白いものかを身をもって体験してもらい、彼ら自身が後進の指導者となるように人をいかに育てるか、ということになるかと思います。ただ、このミッションは思ったほど簡単ではなく、まだ自分としては出来ているとはいえません。最近の研究ではビッグデータやAIを取り扱うものも増えており、20~30年後の未来の糖尿病研究はかなり様変わりしていることでしょう。また、ひとつの研究を仕上げるのに時間のかかる実験をたくさん要求されるのも最近の傾向です。そのような状況をサポートする環境の整備も必要と思われます。
若い先生方には希望を持って研究の扉を叩いてほしいと思います。そして、糖尿病研究にチャレンジして是非ワクワク感を味わっていただきたいと思います。また、少しの失敗をしても、自分の可能性を信じて時に楽観的に居ることも大切だと思います。以上、私の限られた経験から書かせていただきましたが、少しでも参考になれば幸いです。
更新:2024年4月30日
※所属は掲載当時のものです