The Japan Diabetes Society

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吉岡 修子 先生

吉岡 修子 先生

(よしおか しゅうこ)
― あきらめなくて良かった! ―
道半ばの私ですが何か皆さんにお伝えできればと思います。
本日は現在の私の立場ややりがいについてお伝え出来ればと思います。
2016年6月 掲載
所属
公立陶生病院 内分泌・代謝内科
1日のスケジュール
朝 6 時起床、夫と一緒に朝食と家族 3 人分のお弁当を作ります。
娘を地下鉄の駅まで送ってそのまま病院へ。 20 時過ぎに帰院。
帰宅後は何となくたらたらしてしまい夕食はいつも 22 時すぎ!
家族構成
精神科医の夫と高校 1 年生の娘
趣味
仕事かな(笑)。でも本当にそうなってしまいました。
キャリア

名古屋で生まれ名古屋市立大学に入学。結局地元から一歩も出ませんでした。初期研修後名古屋大学旧第 3 内科で学位を取得し関連病院を経、平成 18 年より現在の病院に主任部長として就職しました。

当時、当院には内分泌・代謝内科という独立した科はなく腎臓内科に間借りをするような一人赴任の体制でした。そして『糖尿病専門医がいなければ糖尿病は各科自分たちで診ればいい。』といった思いが病院の医師達の中にあるのも感じとれました。
このままではこの病院の糖尿病医療は取り残されてしまう!と危機感を感じ、たった一人で科を立ち上げる事を始めました。
まずは病院の中で糖尿病治療、教育入院というものを認知して頂く、そしてそのチーム医療に参加してくれる仲間を見つけて輪に入って頂かないといけません。
病院中の様々な部署を回ってそれこそ様々なお願いをしました。
見慣れない医師が新たな仕事を依頼してくるのですからいつも快く受け入れられた訳ではありませんでした。それでも無理難題をどんどん受けてくれたコ・メディカルの質の高さには感謝してもしすぎることはありませんでした。ウイークディは通常の仕事に追われ週末早朝から病院に出かけ終日立ち上げ準備にとりかかりました。当直室に泊まって事務作業に追われたこともありました。

幸いにも孤軍奮闘は半年で終わり大学より 渡会 敦子 先生(現在 中部ろうさい病院 所属)に来て頂きました。様々な提案を進めて下さり本当に助けて頂きました。地獄で仏に会ったような思いでした。同じ専門を持ち同じ興味をもった人と患者さんや疾患について話あえたのは何よりも嬉しく毎日がとても楽しかったです。渡会先生があのとき来て下さらなければ現在の私はいなかったはずです。本当に感謝しています。

現在は産休と育休中の専攻医が 1 名ずつ、それ以外に専攻医が 2 名、部長が私を含め 3 名です。さらにこの 10 年間に当科から 5 名の糖尿病専門医が育ち現在はそれぞれの場の一線で活躍しています。
陶生病院から来た若手医師はみな優秀で素晴らしいと褒めて頂くたびに本当に有り難く、誇らしく思っております。

病気で困っている人のために何か出来たらいいと思って志した医師の仕事でしたがそれだけでなく若い医師を育てるという素晴らしい仕事もさせて頂き何よりも幸せに思っています。

10 年前たった一人この病院で専門性の高い糖尿病治療を提供するという志を掲げました。その後沢山の先生や多くのスタッフに助けられ、教えられここまでやってくることが出来ました。
あのときあきらめなくて本当に良かったと思っています。

当院を卒業していった専攻医達も今は様々な場所で頑張っています。彼らが学会等で活躍しているのを見るのが何より嬉しく、また新たに就職してくる研修医達をみては数年後の彼らの成長した姿をひとり妄想してにやにやしています。
本当にやりがいのある仕事だと思っています。

陶生病院 全科の女性医師(2016年2月)の会による送別会(最前列 左端が本人)
陶生病院 全科の女性医師(2016年2月)の会による送別会 (最前列 左端が本人)

更新:2016年6月10日